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パールと養殖事情

パールは、貝が異物を取り込んだときから、実に長い年月をかけて、分泌液を出し続けては
核を包んでという作業を繰り返し、形成されていくものです。

天然では貝1000個のうち、3個にパールが存在するかしないかの確率と言われています。

そこで、養殖による量産という考えが出てきます。

中国では11世紀に養殖がおこなわれたものの、量産にまでは至らなかったようです。

日本では、1893年に、現ミキモトの創始者である御木本幸吉が、
箕作佳吉の指導を受けてアコヤガイの半円真珠の養殖に成功し、その後も同じ英虞湾で
真円真珠の養殖を成功させました。

発明に至っては、見瀬辰平が1907年に、真珠の核を挿入する針の特許を取得した後、
西川藤吉が、真珠形成法の特許を出願したことで、見瀬氏の特許に一部西川氏の特許が
抵触するとし、2者間で紛争があったそうです。

調停により、特許は共有となりました。

ちなみに西川氏は、御木本幸吉の次女の夫だそうですね。

その後日本では、様々な改良を重ねて真珠養殖が広まり、英虞湾だけでなく、
宇和海、対馬などでも真珠の養殖がおこなわれるようになりました。

養殖真珠が偽物だという吹聴がイギリスで広まった際には、パリにて真珠裁判が行われ、
養殖と天然に違いがないとして、日本側が全面勝訴。

その後、世界に日本の真珠が堂々と広まることになりました。

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